着物用語検索

着物の言葉> >

伊勢崎銘仙(いせざきめいせん)

伊勢崎銘仙(いせざきめいせん)

*解説:

銘仙は絹織物の一つで、実用的外出衣料として縞、絣(かすり)、柄物などがある。子供から老人にいたる男女に愛用され、また夜具地、ねんねこ、丹前(たんぜん)地、座布団地、その他に広く使われていた。産地も伊勢崎、秩父、八王子など関東産地の花形産業であったが、第二次大戦後に、ウール地や合繊製品があらわれ、また洋装の影響などもあって、今では斜陽商品である。銘仙は太織(ふとお)りが成長した名称で、太織りが世間に知られるようになったのは享保(一七一六〜三五)のことで、農閑期に熨斗(のし)糸やその他の屑(くず)糸を原料として、自家用の着物地として織ったものが副業となり、農家ではそれぞれ持ち寄って武州本庄や深谷などの中山道筋でさばいた。それが発展して、文政年間(一八一八〜二九)には農家に賃織りを委託する元機屋があらわれ、弘化(一八四四〜四七)のころには、六〇余名の元機屋がつくられている。明治年間には太織りの需要がますます増えて、原糸も従来の熨斗糸や*玉糸に加えて本絹糸も併用している。明治末には織機も*居坐機(いざりばた)から*高機に代わって能率も上がり、また分業になって機拵(はたごしら)え、綜絖(そうこう)、絣括(くく)り、製織、整理業と織物生産の諸行程が独立分業して昭和の初期ごろまでは盛大であった。太織りから銘仙と商品名が変わったのは明治三〇年ごろと言われている。銘仙の語源は銘々選定の意味や目千、目専の転訛(てんか)、その他あるが、いずれも定かではない。